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さて。
そもそもお好み焼きとは。

いつものようにwikiから。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E5%A5%BD%E3%81%BF%E7%84%BC%E3%81%8D
「お好み焼き類の起源は、江戸中期の江戸で作られた仏事用菓子「麩の焼き」であるといわれている。その後、麩の焼きを起源として江戸末期から明治にかけ、味噌の代わりに餡を巻いて作る「助惣焼」が生まれる。この食べ物は東京・大阪で大流行し、明治時代には「もんじゃ焼き」「どんどん焼き」が生まれた。大正12年の関東大震災の際には主食的位置を占め、昭和になると東京ではウスターソースを塗って食べる「文字もんじゃ焼き」や「一銭洋食」が食料不足を補う方法としてもてはやされるようになる。それらが大阪にも伝わり、コンニャクや豆の具を入れしょう油味で食べる「ベタ焼」「チョボ焼」が誕生し、それが各種鉄板料理へと派生、関西地方や広島県において現在「お好み焼き」と呼ばれるスタイルに発展した(お好み焼きのルーツ系統図)といわれる。(麩の焼き -> 助惣焼 -> もんじゃ焼き -> どんどん焼き -> 「お好み焼き」)」

へー。
もともとの起源は江戸だったんだー。
知らなかった。

日本お好み焼き協会という公式なお好み焼きのページにも
http://www.okonomiyaki.to/
「小麦粉を溶いて焼く調理法は、茶道の茶菓子で“麩の焼”と呼ばれるものからはじまったとか。千利休が催した“利休百会記”という茶会の席で供されたという“麩の焼”は、水で溶いた小麦粉を煎り鍋に伸ばして薄く焼き、サンショウ入りのみそをはさんだクレープのようなお菓子。
これがルーツとなり、江戸時代末期には溶いた小麦粉を鉄板や鋳物鍋に流し込んで、焼いて食べるという習慣が庶民の間にも広まったのが、どうやら今のお好み焼きのルーツということがわかりました。」

とありますので、ほぼ間違いないと思われます。

今では関西…特に大阪の郷土料理のように思われてるお好み焼きは実は東京のモノだったんですねー。
むしろ大阪はたこ焼きなんでしょうか。

つづく
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無題
…丸焼き…
阿鶏@ 2008/05/13 (Tue) 10:28 編集
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〇基本的にインドア派。

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〇いわゆる低学歴低身長低収入高脂肪。低スペック。

〇非モテ人生まっしぐら。

〇でも楽なので修正する気ゼロ。

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